カイザー日記

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2012年 07月 02日

今治のまんなかを探検しよう!(後編)

商店街を通り抜け、辰之口公園でしばしの休憩。
ここら辺には昔、武家町と商人町との間の門が有ったそうです。

その名残なのか、公園のトイレは門になってます。
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その先にはお城が見えるんだけど、その前にちょっと寄らなきゃならない場所がありまして。
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興業舎第一工場跡。。。といっても今では煉瓦の壁が一枚だけなので、当時の佇まいなど
一切ありませんが、ここに四国のマンチェスターと呼ばれた綿織物の町・今治を代表する企業の
第一工場が有ったという証明だけできます。



最後の見学場所。今治城。
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1604年藤堂高虎によって築かれた城ということですが、わずか5年くらい後、高虎が
伊勢国へ移封になった時に、天守も解体され、丹波亀山城へ移築されたという説が有ります。


NHKの『歴史秘話ヒストリア』でも紹介された、当時最先端のハイテク城として、その後の
築城のモデルになったと言われるこの城。日本三大水城と呼ばれ、堀には海水が取り込まれています。


今回の目玉は、、、ハイ!
この今治城の犬走りに立ち入れるというのが画期的なことで。
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目の前の石垣の上には、1920年今治町と日吉村が合併して今治市となったことを記念して
建設された時報塔があります。
その石垣の下のお堀に沿った形で足場のようなものが有りますが、そこが犬走りです。

以前、テレビのバラエティで全国のお城をクイズをしながら巡る番組があって、
その時の犬走りの紹介は、深い堀を越えてようやく石垣の下まで来た時に上から石などを
落としてやっつける・・・みたいなことを言ってましたが、実際はまったく逆で石垣を上がる為の
足がかりになってしまうため、城の防御にとっては邪魔な存在のようです。


実際、どうして今治城に犬走りがあるか?というのは、この城の立地場所によるものが大きく、
別名『吹揚城』とか『美須賀城』と呼ばれるように、砂浜の上に砂を吹揚げて造ったとされ、
その足場となるように犬走りが作られたようです。


ラストスパートとばかり説明に熱が入る大成ケイボンさん。
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子供たちも真剣に話に聞き入っています。
さすがこの会に参加する子供だけあって、地元の歴史などにも詳しい。
知ってるかな~♪って半信半疑で質問するケイボンさんも「おっ!なんで知っとん!」とビックリ
すると、「学校の先生が教えてくれた」とのこと。やっぱり町(市街地住み)の学校では地元の
ことをちゃんと教えてるんだと感心しました。


高さおよそ10メートルの石垣。
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ところどころにたくさん石灰岩を使っているのが今治城の石垣の特徴で、白っぽい石が石灰岩
なのですが、これは城造りをする上で石垣に使う石が無かったので、仕方なく石灰岩を使ったのでは?と推測。
そうすると、石灰岩はもろいし、元々海の中から採取した石だと付着した貝類が石を溶かして
しまって穴が開いたりするので、本来は使うべきではないとのこと。

気になるのが、なんとなく崩れてしまいそうな感じがする場所も。。。
ケイボンさんも「次に大きな地震が来たら崩れるんじゃないかな・・・」と心配。
そうなると、この景観が見られなくなる可能性も大です。



貴重な犬走りをのんびりと見学する参加者たち。
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普段足を踏み入れない場所なので、見慣れない(貴重だろうと思われる)植物なども見かけました。



最後から二番目は今治城の二の丸跡。
まずは、藤堂高虎像の前での説明です。
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ですが、ケイボンさんとしては『今治藩は藤堂家よりも久松松平家だ!』と言わんばかりの
雰囲気でした。並みの人間としては、戦国時代の有名武将である『藤堂高虎』の方を取り上げた
方が良いのでしょうけど、実質、今治を長い期間を統治したのは久松松平家ですからね。


それと、今治城にはもう一つ像があります。

夜になるとスポットライトが当たる高虎像とは対照的に、夜になると真っ暗で目立たなくなる像。
それが矢野七三郎像です。
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綿ネル(伊予ネル)の創始者。死後、四国有数の企業となる興業社の創業者です。
この人がいなければ、今治がタオルの町にならなかったかもしれない・・・という事で、阿部平助と
ともに今治タオルの神様みたいな人かもしれませんが、35歳の若さで暗殺されてしまいます。
台座の『首倡功』は『はじめて功をとなう』と読み、偉大なる創始者に贈られる尊敬の言葉なのだと。


最後は今治城の入口、鉄御門でした。
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今治城築城400年を記念し、復元された門です。
表面に鉄板を貼り付け堅固な門になっています。
それだけではなく、枡形の石垣と木造の多聞櫓5棟も復元され、当時の面影を見る事が出来ます。
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このように囲まれた状態では、攻撃側はこの鉄御門を打ち破る前に壊滅するのは必至で、
防御に優れた構造であると見てとれます。

ここがゴール地点、およそ2時間の探検は幕を閉じます。


順序は違いますが、さっきの矢野七三郎像の前で、ケイボンさんは子供たちに言いました。
「この銅像をみんなで照らしてあげてください!懐中電灯でも何でもいいから」と。

たとえ一つ一つが小さな懐中電灯であっても、何人もが照らせば大きな灯りになる。
それは、ケイボンさんが今やろうとしている今治の隠れたお宝(歴史遺産など)にスポットライトを
当てようと一人で努力している事と同じで、その言葉は将来ある子供たちへ向けてのメッセージ
だと思いました。


次回(があるかどうかわかりませんが、、、)も是非参加してみたい企画でした。
参加者、子供11名、大人3名。その他関係者&報道関係など多数。
絶対もったいない企画でしたよ。
この日の体験を参考に、『いまばりのまちをつくろう絵画コンクール』で面白い企画が生まれると
良いと思ってます。果たしてうちの子供は絵を描くのか?夏休みの宿題みたくしておこうかな。



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by shinya-ue | 2012-07-02 23:56 | 日記 | Comments(2)
Commented by 大成ケイボン at 2012-07-05 00:10 x
マイナーではありますが、活動記録をご掲載頂き、感謝(^-^)

少人数の参加でしたが、好奇心旺盛な子供たちで、こちらも楽しいガイドができました。

こういう機会をもっと増やしたいですね。大人の側が、子供が参加しやすい環境を与えてあげないといけません。

次回は、おんまく最終日に沖洲広場で行う、小学生対象のクイズ王選手権にご期待下さい(^O^)/

楽しみつつ、今治のことが学べるクイズを出題予定です。

地元のことに、関心をもつ子供を増やしたいですね(^O^)/
Commented by 大成ケイボン at 2012-07-05 00:46 x
あの暑さの中、しかも歩きガイドの中、子供たちが集中力を切らさずに説明を聴いてくれてる姿が、とても印象的で、嬉しく感じました。たとえ少人数でも、要は中身だと感じました。

まだ私が駆け出しのころ(26歳?)、夏休みに今治市の企画で、小中学生を対象にした小島ガイドをやりました。暑さ・蚊に集中力を奪われた子供たちは、満足に説明を聴いてくれない屈辱を味わったことがあります(>_<)

その時は、歴史に興味のない児童・生徒も参加していたでしょうが、自身の未熟さも感じましたね(ToT)

ガイドも技量をあげないといけません。ましてや、対象は子供たち。本当に理解していないと、分かりやすく、効果的な説明なんてできません。心に余裕というか、遊びがもてる年齢に私も達したのでしょうね(^^ゞ

今回は、それを気づかせてくれた子供たちに感謝です(^-^)


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