2009年 05月 08日

長崎は今日も雨だった~その2

こんばんは、カイザー今治支部長です。


長崎の旅も第2回目。
今回はグラバー園を散策してみました。



それにしても、長崎はよく雨が降るのか??
内山田洋とクールファイブの『長崎は今日も雨だった』
(前川清の代表曲と言っても良いかも?)
というくらい、雨の街なのか??とも思いましたが、初日はなんとか曇りです。


グラバー園入口です。

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グラバーは江戸時代末期に来日したオランダの武器商人ですが、
単なる武器商人ではなく、蒸気機関車の試走や造船所や炭鉱開発など、
近代日本の礎となった役割が大きい人です。


そのグラバーが住んでいた邸宅のあるグラバー園です。



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長崎さるく博のメインキャラクター。
顔が『さるく』で作られています♪
『さるく』とは、街をぶらぶら歩くという意味の長崎弁。

来年(2010年)は、福山雅治さん主演のNHK大河ドラマ『龍馬伝』がありますから、
亀山社中があったり、その他、龍馬が幕末の乱世を駆け抜けてきた中での
長崎の役割はおそらく大きかったこともあり、おそらく来年最も盛り上がることでしょう。


余談ですが、いつも大河ドラマの前年に訪れているカイザー家。
『篤姫』の前年に鹿児島にも行ってました。
でも、さすがに今年の『天地人』の舞台、新潟や米沢には遠くて行けん(--〆)



まずは、エスカレーターで一番高い所まで登ります。
そして、高い所から低い所へ下りて行きながら、文化財である各邸宅を見学できます。



まずは、旧三菱第2ドックハウスです。
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1896年に三菱重工業長崎造船所第2ドックの脇に休憩宿泊施設として建てられた建物です。

元々、このグラバー邸がある場所はグラバーの所有でしたが、第2次世界大戦当時、
長崎で建造されていた戦艦『武蔵』の秘密隠しのために、ドックを見下ろすことの出来た
この場所を長崎造船所が買い取ったという歴史があります。


ドックハウスの前には広い池と、そこで泳いでいる大きな鯉。

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鯉の餌は近くで売られていましたが、みんなが餌をあげすぎたせいか、
全く餌に興味がない鯉たち。
それじゃあ、全然面白くないですよね。子供たち。。。

それにしても丸々と太った立派な鯉ばかりでした。



近くから長崎湾を眺めてみますと、対岸には三菱重工業㈱長崎造船所。
赤い船体の自動車運搬船(PCC)が繋がれてます。
ドックの中には・・・新造船は??

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長崎も今治と同じで、湾に沿って大小いくつかの造船所が点在しています。

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造船大国・日本を支えている都市、長崎なんです。
今治も負けていませんけど(*^_^*)




次は、旧長崎地方裁判所長官舎です。

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明治時代に建築された官舎ですが、当時の官舎で洋風だった建物は珍しく、
また、原爆投下の被害に遭わなかった唯一の洋風官舎です。




旧ウォーカー住宅です。

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初期の日本海運業界に多大な功績を残した英国人ロバート・N・ウォーカーの次男、
ウォーカー・ジュニアの旧邸です。




旧リンガー住宅です。

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国指定重要文化財です。
リンガーもグラバー同様に貿易商で、グラバー商会を退社後、リンガー商会を設立。
外国貿易、商社代理店、製茶、製粉、ガス、発電等の幅広い活動で長崎の経済界に
大きく貢献した人物です。




最後に、旧グラバー住宅です。

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こちらも国指定重要文化財です。
1863年に建てられた旧グラバー住宅は、日本で最も古い木造西洋風建築です。
建設当初は接客用の別邸だったらしく、その後しだいに住居として増築を重ね、
現在の形となったようです。



以上、異国情緒豊かな建物に触れることができ、幕末から明治への新しい時代を
感じることが出来た僕達は、次の場所へ向かいます。



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by shinya-ue | 2009-05-08 02:08 | 日記 | Comments(10)
Commented by 大成ケイボン at 2009-05-08 08:09 x
うわぁ、懐かしい(^O^)。拙者が8年前に見た光景そのまんまですね。
ついつい、幕末志士の気分になっちゃいそう(^^ゞ
それらの建物を見たら、近代化遺産の見る目が鍛えられたはず。同レベルのものを、愛媛県内で探すのは至難の業です(*_*)
Commented by 何似? at 2009-05-08 10:43 x
いつもながら要点を簡潔に捉えたカイザー節ですね。
かつては建築を学んだ身、特に明治末期から昭和初期の現代に通じる擬洋風化について学び。
更に遡るときどうしても無視できないのが長崎でした。
Commented by nashi-ko at 2009-05-08 22:23
洋館。
明治末期~昭和初期、なんですか?
夜は怖そうだけど...^^;昼間は優雅にここで 紅茶 でものんでのんびりしたいです♪
Commented by 大成ケイボン at 2009-05-09 08:04 x
洋館…。長崎の場合は、早い段階で開港されたこともあり、幕末の洋館も残され、国内の他の洋館とはちょっと質・量が異なっています。実際に、異国人が住むための居留地がおかれ、その名残が今も残されています。
Commented by 何似? at 2009-05-09 13:35 x
「擬」洋風がポイント。
施主さんが自分の生活に即した和洋折衷建築。
本格的洋館でもなく、又伝統的日本の家屋とも明らかに異なる意匠の建築。
この歴史は明治中期以降に始まると見るのが自然。
Commented by 何似? at 2009-05-09 13:43 x
擬洋風を建てる際、大工さんが参考に、又赴いた先に長崎が、特に初期にあったということです。
説明をはしょりました。スイマセン。

又旧三菱の存在も洋風建築を考えるとき外せないです。
Commented by カイザー今治支部長 at 2009-05-10 02:47 x
大成ケイボンさん
僕は長崎に行ってみたかったんです。
ケイボンさんはおっしゃいました。近代化遺産を勉強するために
まず長崎へ行かれたと。
確かに、これだけのものを他では見れませんね。
だからこそ、身近な場所にある希少な近代産業遺産をアピールしなければ。
ケイボンさんの力は今までもこれからも必要だと思ってます。
Commented by カイザー今治支部長 at 2009-05-10 02:55 x
何似?さん
昨晩は突然の訪問失礼いたしました。
カイザー節とのご評価ありがとうございます。
建築を学ばれた方から、私のような素人のblogにコメントを
頂けるならば、自分自身の勉強になります。
これからもご指導お願い致します。
Commented by カイザー今治支部長 at 2009-05-10 03:10 x
nashi-koさん
今回の写真にある洋館は、主に幕末から明治時代にかけて建築された建物だと思います。
ただ、他所と長崎との違いは和洋折衷になってます。
たとえば、洋館なのに屋根が瓦葺きだったりします。
施主(外国人)が図面を描き、洋館を見たことが無い日本人が建てたらこんなになったという例かもしれません。
そこがある意味面白い部分です。
Commented by カイザー今治支部長 at 2009-05-10 11:48 x
大成ケイボンさん
確かに居留地の石柱が残っていました。
学生時代の日本史教科書には、治外法権とか領事裁判権なんて一言で片づけられていますが、教科書には書かれていないことってたくさんあって、実際に見に行って初めてわかる事がたくさんありますね。
外をいっぱい見てくることで自分自身の勉強に、そして、何かのお役に立つことってありますかねぇ?


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